【花の浮島】日本最北の島「礼文島」で遺跡の発掘調査が行われる【利尻礼文サロベツ国立公園】

【花の浮島】日本最北の島「礼文島」で遺跡の発掘調査が行われる【利尻礼文サロベツ国立公園】

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【花の浮島】日本最北の島「礼文島」で遺跡の発掘調査が行われる【利尻礼文サロベツ国立公園】

稚内から西へ60キロに位置し、「利尻礼文サロベツ国立公園」に指定され「花の浮島」と呼ばれる日本最北の島「礼文島(れぶんとう)」の浜中地区でこの夏、遺跡の発掘調査が行われました。

-礼文島国際フィールドスクール

7月22日から約1ヶ月間にわたり「礼文島国際フィールドスクール」が開催され、グラント・マクユーアン大学(MacEwan University)、オックスフォード大学(University of Oxford)、アバディーン大学(University of Aberdeen)、東京大学、慶應義塾大学、琉球大学、西九州大学、鳴門教育大学、山梨大学、聖マリアンナ大学、北海道大学が参加し、「浜中2遺跡」の発掘調査を行いました。

2011年から北海道大学とアルバータ大学が中心となり同遺跡で発掘を続けており、2,000年前の犬の骨や1,000年前の鯨の骨などが出土していて、北大の加藤博文教授によると通常では溶けてなくなるはずの骨が残っているのは珍しいとのことです。

発掘調査は今後も続けられるそうで、来年には出土品を展示する予定なんだとか。

-縄文文化の最北の地

今から約1万6,500年前から約3,000年前の縄文時代、礼文島で暮らしていた縄文人はアシカやトドを狩って生活しながら、貝で装飾品を作り物々交換に使っていたことが、「船泊遺跡」の発掘調査で明らかになったそうです。

はるか昔、縄文人が日本最北の地で暮らしていたということを想像するとロマンを感じます。というか礼文島に遺跡があり発掘調査が行われていたことを初めて知りました。

[box type=”shadow” ] 文島(れぶんとう)は、北海道の北部、稚内の西方60キロメートルの日本海上に位置する礼文郡礼文町に属する島。

地名語源はアイヌ語のレプン・シリ(沖の島)。礼文水道を挟んで利尻島の北西に位置する。0メートル地帯から200種類以上の高山植物が咲き乱れていることから別名花の浮島と呼ばれている。人口は2013年(平成25年)4月1日現在、2,814人。

白亜紀 – 新第三紀中新世に海底で堆積した砂岩や泥岩、火山岩の地層が見られる。また地蔵岩の周辺から1億1150万年前のアンモナイトの化石が見つかっており、新第三紀中新世の地層は、主に海底火山の残骸からで、スコトン岬や知床に露出が見られる。

白亜紀の地層は、礼文岳を中心とした島のほぼ中心に露出し、また桃岩は、約1300万年前のマグマが海底下で個結したものである。以上のことから、礼文島の形成場所は海底と考えられている。 礼文島が南北に伸びているのは島の骨格をなす白亜紀の地層が南北に褶曲したためである。

引用元:「礼文島」(2013年7月28日 (日) 15:42(日時は個人設定で未設定ならばUTC)。)『ウィキペディア日本語版』。http://ja.wikipedia.org/wiki/礼文島

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[highlight]関連動画[/highlight]

礼文島西上泊澄海岬 2012年6月

[highlight]参考URL[/highlight]

KATO HIROFUMI WEBSITE – 北海道大学情報基盤センター

礼文島浜中2遺跡発掘調査ブログ

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利尻礼文サロベツ国立公園 || 環境省

礼文島観光協会

礼文島観光ガイド – 利尻・礼文サロベツ国立公園 –

photo credit: limetom via photopin cc