“炎の中継ぎ”藤井将雄(ふじいまさお/本名:藤井政夫)の壮絶人生とは!?背番号15のハリーホーク人形が胴上げ/ザ!世界仰天ニュース「涙があふれるスペシャル」-2月18日(水)21時~

“炎の中継ぎ”藤井将雄(ふじいまさお/本名:藤井政夫)の壮絶人生とは!?背番号15のハリーホーク人形が胴上げ/ザ!世界仰天ニュース「涙があふれるスペシャル」-2月18日(水)21時~

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“炎の中継ぎ”藤井将雄(ふじいまさお/本名:藤井政夫)の壮絶人生とは!?背番号15のハリーホーク人形が胴上げ/ザ!世界仰天ニュース「涙があふれるスペシャル」-2月18日(水)21時~

2015年2月18日(水)21時から放送の「ザ!世界仰天ニュース」(日本テレビ系)は、「涙があふれるスペシャル」をお届けします。

かつて“炎の中継ぎ”と呼ばれたプロ野球選手いました。その男の名は藤井将雄(ふじいまさお/本名:藤井政夫)。

1968年10月16日に福岡県福岡市で誕生した藤井選手は、高校卒業後、日産自動車九州硬式野球部でエースとして活躍し、チーム初となる都市対抗野球出場とと準々決勝進出に貢献。

1994年にドラフト4位指名を受け福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に入団。1999年に当時のパリーグ最多となる26ホールドを記録し“炎の中継ぎ”と呼ばれました。

そんなプロとして絶頂にあった藤井選手に病魔が忍び寄っていました。咳き込むようになり精密検査を受けたところ、末期の肺がんが発覚。

入退院を繰り返し一時は2軍戦のマウンドに登板するまで回復するも、確実に病魔は藤井選手の身体を蝕んでいき、2000年10月13日に福岡ダイエーホークスがリーグ2連覇を達成したのを見届けたのち31歳という若さで亡くなりました。

福岡ドームのロッカールームには、藤井選手の背番号15が書かれたハリーホーク人形(球団マスコット)が置かれ“藤井ハリー”と呼ばれ、優勝が近づくとベンチに置かれていたそうです。王監督の胴上げと一緒に宙に舞った“藤井ハリー”を通して、最期まで力強く生き抜いた藤井選手とチームメイトとの絆を窺い知ることが出来ます。

ホークファミリー | 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト

藤井選手の公式サイトには、迎えるはずだった32歳の誕生日翌日に代理人によって更新された最期のメッセージが残されています。

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2000年10月17日 火
今の自分があるのは、過去から現在において出会ったすべての人のおかげだと思います。その中の誰一人がかけても、今のこの幸せな自分は存在しませんでした。だから、すべての人に感謝しています。
 プロ野球選手はまわりの人々に夢と希望を与える職業だという人がいます。でも、ボクは逆です。たくさんの人から夢や希望、エネルギーをもらってきました。そのことがうれしかったんです。
 6年前の入団発表のとき、王監督を胴上げしたいと抱負を述べました。その願いも去年のリーグ優勝と日本一で無事に達成できました。そして、今年はチーム全員で頑張ってつかんだV2。すばらしい野球人生だったと胸を張れます。
 この病気には自分自身、すごく勉強させてもらいました。孤独や優しさ、思いやり、不安。人間の本当の感情に触れることができました。今までのボクは上っ面のとこしか見えてなかったんだなとも思いました。すべては、この病気が教えてくれたことです。
 この一年間、ゆっくりと休ませてもらいました。あらためて野球を頑張ろうという気持ちにさせてくれた中内正オーナー代行はじめ球団の方々、王監督、チームメートの皆、感謝の気持ちは忘れません。そして、生きる希望を与えてくださったファンの皆様、ありがとうございました。これからもダイエーホークスを応援してください。
藤井将雄

引用元:藤井将雄

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MCは、笑福亭鶴瓶、中居正広(SMAP)。

アシスタントは、久野静香(日本テレビアナウンサー)。

ゲストは、菊池桃子、北乃きい、博多大吉(博多華丸・大吉)、小沢一敬(スピードワゴン)、高橋茂雄(サバンナ)、若田部遥(HKT48)。

番組公式サイト:ザ!世界仰天ニュース